旭川地方裁判所 昭和54年(ワ)289号 判決 1980年7月01日
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金四、〇〇〇万円およびこれに対する昭和五四年九月一九日から右支払済に至るまで、年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを二〇分し、その一を原告のその余を被告の各負担とする。
四 この判決は一項につき、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
被告らは、原告に対し、各自金四、三〇〇万円、および内金四、一〇〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日より、内金二〇〇万円に対する本件判決言渡の翌日より、それぞれ支払済に至るまで、年五分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
二 請求の趣旨に対する答弁(被告両名)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (当事者の身分関係)
原告は、第三興亜丸(以下興亜丸という)を所有し海運業を、被告向瀬漁業株式会社(以下被告会社という)は、第八栄保丸(以下栄保丸という)を所有し漁業等を営む各会社であり、被告菅原利一(以下被告菅原という)は、右第八栄保丸の船長の職に従事していた者である。
2 (事故の発生)
被告菅原は被告会社の業務である沖合底曳網漁業に従事するため、北海道稚内市内の稚内港から、栄保丸を操船して出港し、昭和五四年四月二二日午前三時四〇分ころ、ノース場漁場に向け時速約一〇ノツトで航行し、同港北防波堤赤灯から北方約一二〇〇メートルの検疫錨地付近において、訴外稚内港長の許可を得て、同所附近水域に停泊中の興亜丸右舷側に衝突させ、同船を横転沈没せしめた。
3 (責任原因)
(一) 被告菅原につき
本件事故は、同被告が前記検疫錨地に停舶中の船舶の有無、並びにその動静に留意し、かつ前方を注視して船舶を操船航行すべき注意義務があるのにこれを怠り、興亜丸の停船灯を、同漁場へ航行する僚船の船尾灯と誤認した結果惹起したものであるから同被告は、民法七〇九条により、本件事故により発生した原告の損害を賠償すべき責任がある。
(二) 被告会社につき
同被告は同菅原を右業務に従事せしめ、その業務の遂行中同被告が、本件事故を惹起したものであるから、被告会社は商法六九〇条により、本件事故により発生した原告の損害を賠償すべき責任がある。
4 (損害額)
原告は本件事故によリ、次のとおり損害を被つた。
(一) 興亜丸の除去費用 金三、九〇〇万円
原告は、本件事故によつて沈没にかかる興亜丸につき、昭和五四年五月一四日訴外稚内港長から港則法二六条により除去命令を、次いで同月一六日、稚内港港湾管理者である訴外稚内市長から港湾法一二条一項および、同市港湾管理条例八条により撤去命令をそれぞれ受けた。
そこで原告は訴外株式会社富士サルベージに右沈没船の除去を代金三、九〇〇万円で請け負わせて、同船を本件事故現場から除去せしめ、同年八月七日、同訴外会社に右金額全額の支払を了し、結局同額の損害を被つた。
(二) 弁護士費用 金四〇〇万円
原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、手数料として本訴提起に先立ち、金二〇〇万円支払い、更に本件判決言渡日に謝金として金二〇〇万円を支払うことを約し、結局合計金四〇〇万円の損害を被ることとなる。
5 よつて、原告は、被告菅原に対し、民法七〇九条に基づき、被告会社に対し、商法六九〇条に基づき、各自金四、三〇〇万円、および内金四、一〇〇万円に対する不法行為の後である本件訴状送達の翌日より、内金二〇〇万円に対する本件判決言渡の翌日より、それぞれ支払済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否(被告両名)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実の内、両船がその主張の日時、場所において衝突、興亜丸が沈没したことは認める。
その余の事実は否認する。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は知らない。
なお、難破物除去責任は、港則法二六条に基づく難破物除去命令によつて当該難破物の所有者又は占有者に課された公法上の義務であり、本件事故から直接生じたものではないから、本件事故との間に相当因果関係がない。
三 抗弁(被告両名)
被告会社は、本件事故により発生した損害に基づく債権について、被告菅原を受益債務者として船舶の所有者等の責任の制限に関する法律(昭和五〇年一二月二七日法律九四号、以下法という)一七条の責任制限手続開始の申立をなし(旭川地方裁判所昭和五四年(船)第一号)、右申立に基づいて責任制限手続開始の決定がなされた。
原告の本訴請求にかかる船骸撤去費用相当の損害賠償債権は法三条一項二号本文に該当する制限債権であり、該債権は右責任制限手続において、基金から配当を受けるべきであり、該手続による満足以外に、被告らの一般財産をそのひきあてとすべきではない。
なお、港則法二六条等の行政命令に基づく難破物の除去による損害は制限債権には含まれないとしても、右命令に従い除去義務等を履行した所有者が、該費用を第三者に請求する場合、かかる債権は通常の民事上の債権として、法三条一項二号の債権に該当するものといわなければならない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実の内、その主張の責任制限手続申立事件の存在していることは認める。
その余の事実は争う。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因1の事実については、当事者間に争いがない。
二1 同2項の事実の内、栄保丸と興亜丸がその主張の日時、場所において衝突、興亜丸において沈没した点については、当事者間に争いがない。
2 成立に争いのない甲第二、第三、第一一号証及び原本の存在およびその成立に争いのない甲第四号証を総合すれば、次の各事実を認めることができる。
(一) 被告菅原は、被告会社の業務である沖合底曳網漁業に従事するため、同被告の漁船栄保丸(一二四トン)を操船し、昭和五四年四月二二日午前三時二五分ころ、稚内港から操業のため多数の僚船に続いて野寒布岬北西方沖合のノース場漁場に向けて出港し、同船は、同日午前三時三八分ころ、稚内港北防波堤燈台から一七度(真方位)約五一〇メートルの地点に達した。
(二) 被告菅原は、右地点で栄保丸を自動操舵して一〇ノツトの速力で航行せしめたが、間もなく同船は検疫錨地付近にさしかかるのであるから、このような場合、同被告は前方を注視し、錨泊中の船舶の有無、並びにその動静に留意し、これを回避し得るよう見張りを立てるなどの適切な措置を講じ、衝突等の事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、同日午前三時四〇分ころ、おりから前記燈台から約一、〇七〇メートル前方の、検疫錨地に錨泊中であつた興亜丸(四九八トン)の停泊燈を、前記僚船の船尾燈と誤認して航行した過失により、その直前に至つて右興亜丸の船首部を認め、全速力後進したが間に合わず、栄保丸の船首部分を興亜丸の右舷側前部に、後方から約八〇度の角度で衝突させ、同日午前三時五〇分ころ、横転沈没せしめるに至つた。
以上の各事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。
3 右事実によれば、本件事故は被告菅原の一方的過失により惹起したものというべく、かつ被告会社は同菅原が船長として操船した右栄保丸の所有者であるから、被告菅原は民法七〇九条により、被告会社は商法六九〇条により、いずれも本件事故によつて被つた原告の損害を賠償すべき責任があるものといわなければならない。
三 成立に争いのない甲第五、第六、第一二号証、証人須田新梧の証言、およびこれによつて真正に成立したものと認め得る甲第七ないし第一〇号証、証人小野下権太郎の証言、ならびに弁論の全趣旨によれば、請求原因4項の(一)の事実、および原告が除去費用として支出を余儀なくされた金三、九〇〇万円は、サルベージ業界において、採算割れを来たすに至る赤字の請負代金額であつたこと、同項の(二)に摘示のとおり、原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、その主張する金員を手数料として支払い、かつ謝金の支払を約したことが認められる。
右事実によれば、原告の請求する船骸撤去費用金三、九〇〇万円、および本件訴訟の提起、追行のための弁護士費用につき、訴訟の難易、審理期間などの諸事情を考慮し、同費用の手数料中金一〇〇万円をもつて、必要経費として出捐を余儀なくされた損害金とするのが相当であり、その合計金四、〇〇〇万円につき、本件事故との間に相当因果関係ある原告の損害として、請求し得るものといわなければならない。
なお被告らは、右除去に要した費用の支出と本件事故の間には因果関係がない旨主張するが、右両者が相当因果関係を有することは、先に認定したところから明らかである。この点に関する被告らの主張は採用できない。
四 被告らの抗弁事実の内、その主張のとおり本件事故に関し、責任制限手続申立事件が提起された点については当事者間に争いがない。
ところで法は、海上航行船舶の所有者の責任の制限に関する国際条約(昭和五一年三月三一日号外、条約五号、以下条約という)の規定を、国内法化したものであること、および制限債権の範囲につき、条約一条(1)項(0)号(以下(0)号という)において、沈没した船舶の引揚げ、除去、破壊など難破物の除去に関する公法上の義務、責任に基づいて生じた債権については、条約の署名議定書において、国内法化するに際し、制限債権から除外し得る留保事項が定められ、我が国内法においては、難破物などの危険物を速やかに除去せしめて一般船舶の通行の円滑化をはかり、その危険を防止する見地から、制限債権を規定する法三条一、二項に掲起されず、条約の署名議定書における留保事項を綜合すると、結局難破物除去に関する右債権は、制限債権から除外されているものと解するのが相当である。
従つて原告の本訴請求債権は、港則法二六条、港湾法一二条一項、稚内市港湾管理条例八条に基づく、公法上の除去命令に従つて興亜丸を除去したことにより発生した民事法上の債権ではあるが、制限債権には該当しないものというべきである。
五 ところで本件訴状が被告両名に対し、いずれも昭和五四年九月一八日送達されたことは本件記録上明らかである。
六 結論
以上の事実によれば、原告の本訴請求は金四、〇〇〇万円、およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五四年九月一九日から右支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるからこれを認容し、原告のその余の請求は失当であるからこれを棄却する。なお訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 相良甲子彦 石田敏明 原田保孝)